オタクのハートはもう限界だ

ねこ二匹と暮らすサッカー大好きおたく社会人の片思い※年下彼氏にクラスチェンジした!

硬派って大変だよねという話

このところジュンタロウの愛情表現が留まるところを知らない。

ずーーーーーーーっと片想いしていた私としては無表情でウハウハである。

 

 

とはいえ、やはり長すぎる友達期間のせいかなんらかのスイッチがないとなかなか甘い雰囲気にならない。

このスイッチというのが「欠乏症」である。

 

ジュンタロウと私の間には「二人の間にしか意味が通じない単語(合言葉?)」があり、一番登場頻度が高いのが「軽運動」でこれはズバリ性行為のことだ。

 

なら「欠乏症」とは何かというと、シンプルに「会いたいときに会えていない状態」である。

 

軽運動は私が言いだしたことなのだが、欠乏症はジュンタロウから出てきた言葉だ。

 

初めて出たのは確か、夢と魔法の王国から帰ったその日だったような気がするがとにもかくにも私と一緒にいる時間が楽しすぎて欠乏症になるらしい。

どこか誇らしさすらある。

 

 

というか、ジュンタロウはどちらかといえば男らしいし、身体特徴的な意味でも男性ホルモン的なものは絶対に強めだし女性を守りたい欲のようなものもすごい。

「人前で手を繋ぐなんてそんな」というような硬派タイプな男だと思う……というつもりで過去このブログを書いていた。

 

 

とんでもない裏があった。

というかもしかしたら、私がそうさせた可能性は若干ある。

 

 

相合傘をすると腰に手が回るし、手を繋ぎたがるし、お菓子を食べようとすると口に入れてくる。いわゆる「あーんして」である。

 

 

これを、人前でも平気でする。

 

 

私は自分の外見にかなり強いコンプレックスがあるから「客観的に見てこれはちょっと目の毒過ぎん!?」と一瞬引くのだが、奴がしたいというのならと恥じらいは見せつつ、しかし内心ノリノリで受け入れている。

 

 

 

というかんじで、ジュンタロウがゲロ甘溺愛状態に陥るのは欠乏症のときだ。

 

LINEでも「触りたい、抱きしめたい、したい」と直接的な願望を書きまくるようになる。

「夢に出てきて」というようなロマンチックなことも言ってくる。

 

 

しかも、遠距離恋愛だから常に欠乏症だ。

自分の見る目のなさに驚きである。

 

 

硬派な男は気を許した相手の前では幼児退行する…ということは、かつてジュンタロウとの付き合いがなくなった頃に知ったことだ。

 

 

なんとなくの感覚でジュンタロウは遠距離恋愛ができないタイプだと思っていたのだが、ここが引っ掛かっていたのであろうと最近になって長年の疑問が解消している。

 

 

落ち込んだとき、気分が盛り上がらないとき、〇にたくなったとき……そんなとき専用の対応人員が私だ。

しかし、近くで甘やかしてあげたり支えたりすることができないから当時は選ばれなかった。あの想いはもう御免である。

 

硬派な男だからこそ、しっかり気を抜く場所を作るためにお金も時間も使おうと心に決めている。

 

 

……というかんじで「照れてる場合か」の勢いでポジティブなことは全部を全部オープンにしていたら、勝手に奴がゲロ甘溺愛彼氏になっていたのだ。

 

 

まんざらでもないからこのままにしておくが、硬派でありたい欲強めの素直じゃない男は大変だなあと思う。

 

 

そんなジュンタロウに、少し変化が出た。

 

 

私たちは誕生日が近いのだが、ちょっと背を伸ばした温泉旅館への誘いがあった。

 

 

さらに「ちょっと早いけど2024年がすごく楽しい、ありがとう」というような意味深メッセージが届いた。

 

 

何か起こるのか?ミドサー通り越してアラフォーの身に、何か起こるのか?

 

怖いが楽しみの方が勝っている。

このまま楽しい夏であってほしい。

最近書いてない理由

完全に私自身が記録用で残しているだけのこのブログ、なぜ最近は書いていないかというと「ごく普通のカップルがごく普通に過ごしているだけ」にシフトチェンジしたためだ。

 

ジュンタロウとの付き合いであるが、かなり順調の部類である。

 

かなり早い段階でやることはやったし、喧嘩もない。

ジュンタロウはいわゆる溺愛系の彼氏だし、私はおそらく向こうから見たら「ちょっと強がってるけど気を許した相手にのみ弱みを見せるバリキャリ年上彼女」だ。

 

 

自分で言うなだが、漫画のようなキャラクター同士のカップルだと思う。

 

 

なにより、これまで20年近くの付き合いがあるのだ。

そこで積み上げた信頼が違う。

そう簡単に崩れるものではない。

 

 

じゃあなんでなおさら…と今までさんざんここに書いてきた疑問は当然浮かぶし、ジュンタロウが私に相談してきた段階で聞かされまくってきた「前妻とラブラブだった頃の思い出話」は急に心に降ってわいては私の情緒をかき乱してくる。

 

こうなったらもう鍛錬しかない…という状態だ。

結局オタクのハートは限界のままだ。

 

 

「そんなわけわかんない女との結婚は決めたくせに、私はなぜまだダメなのか」という新たな悩みもある

 

 

失敗しているからこそ慎重になるのはわかるが、なら離婚調停終了後一か月も満たないうちに告白してくるんじゃないよという苛立ちもある。

 

 

やはり鍛錬だ、私がハートを強く持つしかない。

 

 

ということで、

 

 

順調ではあるが私はまだ思ったことを自由に話すことはできていない。

これができるようになると、もっと繋がりが強くなるのだと思う。

 

 

けどちょっと待ってもらいたい。覚悟が決まっていない。

そのことだけは今度会ったときにでも伝えようと思う。

 

 

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ジュンタロウとはいろいろ行った。

レパートリーはというと…

 

パワースポット(ジュンタロウは基本的に運が悪いため)

幼少のころに行った印象深い寺院

サッカーのホーム戦とアウェー戦

よくわからない映えスポット

スイーツが美味しい店

伝統工芸の製作体験

 

このあたりをループしている気がする。

 

正直に言うとすべて私好みだ。

ジュンタロウは「旅行とか全然行ってない」「体験できなかったことを全部している」と話すが、もうあまり穿り返したくないので真に受けることにする。

 

過去こうだったな~という独り言ひとつに私は凹むのだ。

そんな話題が出るのを徹底的に封じるべく、新しい思い出で上書きし続けている。

 

 

 

 

 

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そんなことをしていたら私自身にも変化がおきた。

 

まず、昇格してしまった。

あと痩せた。

 

 

このあたりは絶対に、奴が存在するからこその影響が大きいはずだ。

 

 

恋煩い?で痩せたし、ジュンタロウの前では誠実でいたくておそらく可愛らしい性格になった。

 

仕事がそうさせたというのは正直に言うとあるが(人前で話す仕事だからだ)ジュンタロウのおかげだと言っておきたい。

 

 

 

奴との出会い、再会、そして交際で私の人生が動き出している。

 

出会うべくときに出会うものなんだなあと、日々かみしめている。

エンタメパリピ人間の病み期

ちょっといろいろあって記録を残す気になれなかったが、やっぱり日々LINEでイチャイチャ甘々してるのが嬉しいのでそこに至るいろいろは書いておきたいと思う。


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ジュンタロウの離婚調停真っ最中、付き合う前の友達時代、脈があるかないか一番曖昧な頃……
ジュンタロウの家に行くこと1回&私の家に泊まって遊ぶこと2回という状態のころだ。

 

私の地元で社会見学をしたその翌週、私が遊びに行った。


奴が住む町は観光地なので、行く理由は超大量にあったが正直に「来てくれた回数分行く」と言っておいた。


とはいえいろいろと抵抗があったので、一番最初はビジネスホテルの予約をした。


このときまだ気候的に暑く、私自身の肌荒れがひどかったため全身に薬を塗りたくっていたから恥ずかしいというのが大きいのだがやはり「異性の家に泊まらせてもらう」というのをこちらから提案したくなかったのだ。


ところがこれを伝えると

・観光地ど真ん中に迎えに行くのが大変
・長い時間遊べる
・家に泊まってもらう分には全然かまわない
・大体、宿泊費が勿体ないだろ

というかんじの理由で泊まるようかなり強く勧められてしまった。

 

となれば私は「え、それでいいならそうするわ」と二つ返事である。
かくして既婚ジュンタロウ家初のお泊り会が決行となった。

 


当日、ドキドキソワソワしながらジュンタロウに絵に到着したが私の中にはいろんな感情が渦巻きすぎて数時間放心していたように思う。


放心しすぎてなにもできなかったのでここで、その後数か月間私とジュンタロウの間で「お互いを繋ぎとめる術」として力を発揮してくれたツールに初めて触れることとなった。

 


映画である。

 


オタク要素を抜きにして私が対外的にアピールできる趣味は「サッカー観戦」「映画鑑賞」「一人旅」だ。

かなり多趣味だと思う。

 

 

私の記憶が正しければ、若かりし日のジュンタロウはかなり趣味が多い男だったように思う。とにかくいつも大体何かをしていた気がする。

 


ところが、再会した頃はそれが一切合切なくなっており何を聞いても「知らない」「なにそれ」と目を丸くしていた。
どれだけものを知らないかというと、世界的海賊映画を観たことがなかったレベルだ。

 


原因は定かではないが、日常生活において「それどころじゃない」という事象があまりに多かったのではないかなと勝手に予想した。
私はなんだかんだ絶交状態だった10年をそれなりにエンジョイしていたので、その部分だけは気の毒だなと思う。

 


話を戻す。今にして思えばジュンタロウは私の趣味すべてに影響を受けてくれて一緒にしてくれるようになっているのだが、一緒に映画を観るという行動はおそらくこのときが初であった。

 

このとき観た作品であるが、よりにもよってホラー・パニックにSFをぶっこむとかいう珍味映画「NOPE」である。

 

理由はちゃんとある。

ジュンタロウが動物や天体といった自然物が好きだと言っていたのと「怖いのは苦手だがオカルトは好き」という趣味嗜好まで把握していたため「それならこれ、ピッタリ」と出してきたのだ。


案の定、奴はハマった。
観終わった後とにかく語りまくったし、なんとなく興奮していたのが見て取れた。


このあたりから「ミソノ、物知りだな。しかも趣味が合う」というフィルターがかかっていろんなことを話す取っ掛かりになったように思う。


「すすめられるものは大体俺も好き」というかんじの感触もこのあたりからだ。

 

私の脳みそはエンタメに特化しているが「文化」も入り、言語学民俗学といったものを趣味程度でたしなんでいるのだがこれが幸いにしてジュンタロウの好奇心が向く方向ど真ん中要素だったのである。

 

私の趣味は3つあるが、ほぼすべて「遠距離でも楽しめる」「遠距離だからこそ楽しめる」というものだったからこそ今にも繋がっていると思うのだが、この「NOPE」がスタートラインだったのだ。


当時の私、非常に良い決断である。拍手と握手をしたい。


このあと調子を取り戻した私は「市街地でも散歩に行くか~」という誘いに乗って観光地に散歩に出かけた。


はたから見たらカップルか友達か…といわれると、このときはまだ「友達」の距離感だったのではないだろうか。

 

そのわりに甘いな…という奴の発言は多かったが、残念ながら物理的距離が縮まるのはまだ先である。


料理が趣味というジュンタロウの手料理を初めて食べ、その日の夜は特に何事もなく明けていった。


私はベッドを借り、ジュンタロウはソファで寝ていたが「記憶通りなら奴は翌朝、9時までは絶対起きない」と就寝時、私はどこか白けていた。

 

友人が県をまたいで遊びに来ている…というのに目覚まし時計を設置することなくマイペースに眠りこけるというのは個人的に「ナシ」である。

 


とはいえ私自身が朝型でしかも不眠症気味であることからそう感じているだけだし、今思えば当時の私は「その程度の相手」だったから仕方がないのだが、せめてパフォーマンスはしてほしかったなと感じた苦い経験であった。

 

だから今回も「まあそうでしょうね」と思っていたし案の定、奴は9時まで本当に起きなかったが今回は「起こしてくれていいのに」とボヤきが入った。

初である。

 

「前から思ってたけど、多く寝ないといけない人でしょ」
「体質的なものは絶対あるし健康を害すようなことはしないよ」
「そもそもただでさえ消耗してるんだから(離婚調停)」

 

そういちおう話したが、なんとなく憮然としていた気がする。

 

 

前日からドライブウェイ的なところを走ると決めていたのでここを攻めつつ、ものすごくデートらしいことをして夕方ごろに家に戻ってきた。


紅葉が美しくて「ちょうどいいタイミングに来たなー」としきりに話していた。

 

以前「チェリまほの町田〇太みたいな、好き好きオーラ出しまくりの彼氏に優しくされる世界線」というようなことを書いたのだが、なんだかんだこれってそうだよなあと感じていた気がする。


気がする、というのは今とは比べ物にならないくらい塩だからなのだが当時はこれがMaxであった。
なんともいじらしいな当時の自分…と肩を抱きに行きたくなる。


このときはまだ「一緒にいる時間を伸ばす」という概念がなかったため「翌日に響かないくらいの時間に帰るよ」と塩な対応で夕方には帰り支度を始めすごい勢いで帰る流れが自然であった。


荷造りの直前「このゲームやろうぜ」と出したのがトライアルズライジングというバイクゲームだったのだが、これは私の家で開催した社会見学でもジュンタロウに大好評のバカゲーである。


バイクに二人乗りしてコースを走るモードがあるゲームなのだが、バランスを崩すとすぐに転倒するし相方を落とすし…という「やってみればわかる超面白いゲーム」なのだ。


ジュンタロウは笑い過ぎて地団駄を踏んでいた。

 

この時点で私はジュンタロウに対して「あかんこれ、好きだわ」という状態だったから「いかに落とすか」と必死になり始めていたのだが、

かなり失礼を承知で書くと「前妻が女としてあまりに各上なら見た目の面でまず勝てないが、そうではなさそうだ」という勝算が見えた気がしたのだ。


届きそうで届きそうで…いやこれ届くな!と確信があったから、本気になり始めたところだった。

 

ジュンタロウは確かに華やかなタイプの男だが、見た目や年齢で女を選ぶタイプではない。

そしておそらく経済力でも選ばない。
フィーリングである。

 


とにかく、私といる時間はひたすら楽しい時間にする。
肯定しかしない。
ひたすら笑ってもらって、安心感を得られる時間を提供する。
これを続けて心の傷を癒し続ける。

 


長く茨の道であるなあと感じてはいたし、友人からは「お前じゃないと無理だよそんな悠長な接し方…」と呆れられたが「温泉とか行きたくね?」という話題がジュンタロウから出始めたのがこの頃だったから「脈だろこれ絶対ィイイイ」とイケイケ状態の私は耐えられたのだ。

 


とにかく、一人でも生きていけるように一人でも楽しめる趣味を極めまくっていたことがここで花開くとは予想外であったが

 

何かの事象には絶対何か理由がある、偶然ではない

 

これを体現するようなパズルのハマり方だと改めて思う。


これもこじつけかもしれないが、私は信じていたし縋っていた。

 

でないと、口では「いけいけ」と言っていたが折れそうだったのだ。

よく頑張った。

性的な解釈の相互確認をした

なんとなく「あ、行けそうだな」と思ったのでジュンタロウの家に遊びに行った。
ノープランで行ったため、自然な流れで「俺たちが一緒にいる場合の時間の過ごし方」を多く話した。


というわけで、この記事は「友達以上恋人未満だった二人がパートナーシップを組むにあたり進めていった決め事」を書くために、今回主な議題となった性的な話題が多い。というかそれしかない。
苦手な方はここで読むのをやめてほしい。

 

 

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金曜日の夜に出張先から家にまず帰り、猫の世話をしてそこから出発したから到着は23時。
たくさん寝ないといけないはずのジュンタロウだから「合流するまでに仮眠しておいてね」と伝えたはずだったが、合流してみたら二人して寝不足であった。


「なんか浮かれちゃって寝れなかった」
「食欲もなんとなくなかったけど、顔を見たら急にお腹減ってきた」


ということで、悪い気はしなかったしそのあとも頑張って起きてくれていたから満足である。

とにかく、この週末も人間の三大欲求を全部徹底的に遊びつくした。

セッ〇スに限れば一日一回以上していた。


付き合うことになってから一か月弱、ジュンタロウは人並みかそれ以上にR18な話題やネタ、行動が好きらしくノリがいいので「会えば必ずそういう空気になる」という状態だ。


奴が言うに、セッ〇スはスポーツとかそういう扱いだそうだ。
「究極のコミュニケーションツール」とかなんとか言っていたが、私たちの間にセッ〇スについての温度差がほぼないのであまり問題ないと思う。

 

 

友達期間がかなり長いから人となりはよく知っているし、一体どこから「ミソノ、好き」という気持ちになったのかが不明ではあったとしても、今更「体目当て」ということはないよなというくらい男女の気配が出ても手が出されなかった期間があまりに長いからこそ、この「健全ではなくなった」という変化はプラスに転じている。

 

やはり、付き合ってもいない男女が頻繁に二人きりで会っていてボディタッチもあるよ!という状態には若干の違和感があったのだ。

 


一方で私はというと、実はセッ〇スが超好きというわけでは断じてないし人とベタベタすることもあまり好きではない。
むしろ、このせいでなんとなくパートナーを能動的に作らずいたところもあるほど淡泊だ。


じゃあなぜジュンタロウと一緒にいるとこういう流れになるのかというと、最近納得したのだが私には「一生懸命な人が好き」という性癖があるらしく、つまり「私の上で頑張っているジュンタロウを見るのが好き」なのだ。


だから見たくなるしそのためにしたくなるから、ジュンタロウから誘いがあると「いいよ!オッケー!」と二つ返事である。


なんとなくメタい楽しみ方をしているなと思うのだが、これは完全にオタク体質の人間のモノの愛で方だなと思う。


ジュンタロウの顔やスタイルが好きだからということも起因していると思う。
そういったシチュエーションそのものとビジュアル的なところの鑑賞に全神経を注いでいる気がする。


本当にこれでいいのかよ…と思い、思わず「そういうことだから」と伝えたら

「サッカー好きなのも納得(選手もサポーターも一生懸命だから)」

「フェチとかそういうのないんかと思ったらそんなかんじなのか」

と謎の納得をされた。


だからまあいいかと今回は帰ってきた。


会うたびそういう空気になることを、お互いが「大丈夫かなこれ」と若干不安になっていた(らしい)ことを考えれば大収穫だからだ。


離婚歴のあるジュンタロウにこの話は地雷だと思うし、そういう話題になると遠い目をするので避けていたが「話し合いは重要」というこれは、残念ながらパートナーという関係性における不変の命題なのだ。


仕事中の私はメモ魔だし報告魔だ。
プライベートでもこうあればいいのに…というくらい、プライベートでしかも「彼女という立場での意見」となるとまったく出せなくなるこれはなんなんだと頭を抱えている。


前にも書いたが「私のこと好きとかカワイイとかキレイとか思うのは絶対少数派だしアブノーマルだ」と本気で思い込んでいる。


これはおそらく直ることがないんじゃないか…だから言動が変になると思う…ごめん…とジュンタロウには伝えたが、内心では当然治したいのが最大の願いだ。


そうこうやっているうちに「性欲が弱いというかほぼ皆無なわりに色気のある誘いは断らない」という謎の状況が出来上がってしまったため、今回はそのあたりをしっかりすり合わせた気がする。


結果として「じゃ、お互いウィンウィンってことで!!!!」と爛れまくってOKという謎の共通認識を改めたから、一歩前進である。

 

するとどうなったかというと、ジュンタロウは人前では絶対に接触してこないし手を繋ぐときも「はぐれそうな場合に限る」という状態だったのだが今回は浜辺でバックハグをされた。

 

私自身は「人いないもんねここ」とポロっと言いつつ、真剣に海を見ていたので「そろそろ行こうか」という空気になるまでそのままにしていた。

 

あとあとから「俺、自分でやっといてなんだけどアレ超どきどきした」と言っていたので、奴にとってもブレイクスルーだったのだと思う。

 

肝心のセッ〇スについては、ジュンタロウと私とで性行為の知識差が微妙に埋まらないからそこが面白いなと思う。

 

バツイチなのだから知識や経験は豊富だろうなと思っていたし、案の定体位を変えようとかそういう提案が多いから「くそ、慣れてるな」と勝手に思っていた。

 

しかし「え、そこで興奮しちゃうの!?」という謎のスイッチが入ったり、私がなにかしたりすると「やばいってそれは」と急に大喜びしているので「なんとなく、思うがままにいろいろとやり過ぎるのはやめた方がいいな…」という気がしている。

 

 

というのも今回、ジュンタロウのスイッチを入れてしまった私の発言は「したい」であった。

始めた瞬間からとにかく性急だったし、結局終わるまでいわゆる激しいという状態だったから「なんか元気だけどどうしたの」と聞いたら「したいって言ってくれたの嬉しくて嬉しくて興奮しちゃってるんだよ」と超笑顔で返された。

 

まじか…それだけ「自分がしたいからしてもらってる」と思わせていたのか……

と、ちょっと自分にショックを受けた。

 

思った以上に伝わっていない。

やはり他人同士、難しいことばかりである。

ほぼカップルだった社会見学

夢と魔法の国で告白やらなんやらのお膳立てをしようと思っていたらジュンタロウが先走ったため、私たちの一週間記念はまさかの夢と魔法の王国である。

 

カップルの記念日の類は「最初から飛ばし過ぎると後からキツイよ」というコラムを読んだことがあるのだが、飛ばし過ぎて意味がわからないこの有様を二人で大笑いしているしおいしいと思っている。

 

というこんなスタートであったが一か月記念は「電話で記念品の検討会」であった。
まさかジュンタロウとこんな会話をする仲になるとは思ってもいなかったから、人生何が起こるか本気でわからないなあと改めて驚いている。

 

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再会から2か月した頃、ジュンタロウが再び我が家に遊びに来た。
前回と異なり、特急列車かつ始発で来るという気合の入れっぷりである。

 

このときLINE上に作ったアルバムには「秋の社会見学」と名前がついていた。ということで「社会見学」と呼ぶ。


タイミングとして10月の下旬であったが、このとき対面で会うのは一か月振りといいつつLINEは毎日のようにしていたタイミングであった。
この段階あたりから「一緒に」というような単語が増えていたように思う。


あまり考えないようにしていたが、ジュンタロウの中で私は無事「安心できる枠」に収まっていたようだった。

このころから温泉やらなんやらという色っぽいスポットが話題に出るようになっていたが、ジュンタロウも慎重になっている印象があったから2人してじわじわと様子をうかがっていたように思う。

 

あとから妹に「意見交換くらいせえよ」とあきれられたものだが、ジュンタロウがまだ前妻への未練とか後悔といったボヤキを多くしている時期だったのもありどうしてもその気にならなかった。


自分の気の長さに万歳であるが、同じくらい「そのくらい許せよな」という私なりのワガママでもあった。


そんなこんなで博物館だ。私が幼少から愛する場所であり、県内でも有数のデートスポットである。
この博物館はかなり特殊で、展示物全てを見ようと思うと数日を要する広大さと情報量がある。
だがツボに刺さらないと「つまんない場所だな」という認定を受けてしまうなかなかにハイリスクハイリターンな場所であった。


実は私は、10年前の友達時代にジュンタロウと一緒にここに来たいと思っていた。
「絶対面白いだろうな」と思っていたし、感動とか感想といったものを共有したかったからだ。


当時は結局叶わなかったし、あの頃私たちが会うタイミングと言えば「ジュンタロウが友達を引き連れて遊びに来るとき」だけだったからやはり奴からの脈らしいものはなく、そもそもの実現は難しかった。


だから今このタイミングで来ることになろうとはと、ものすごい驚きと感慨をもってこの日までスケジューリングを進めていった。


結果としては、ジュンタロウは数百枚に及ぶ写真を撮りつつねっとりと展示物を見ていたおかげで全部を周り切ることができなかった。

これに関しては事前に「絶対時間足らないよ」と話していたことがその通りになったのでジュンタロウも大笑いし再訪を誓っていた。


この「絶対また来る」という言葉は、この関係が続く保証がなかった頃の私にとってはすごく救いでもあったし、しかし同時に「なんでそんな簡単に言えるんだよ…」という不安の種にもなった。


私は奴のスマホ画面を見たことがあるのだが(スクリーンショットが届いたときたまたま見えた)そこにマッチングアプリが入っていたのをうっかり見てしまった。


今でこそ消えているだろうが当時は「やっぱり自分は気晴らし相手でしかないかあ」と落ち込んだものだった。

 

このとき「ずるいなあ」と思ったことの筆頭としては「今ここで“彼氏ができたから私はこのへんで…”と去ったら、奴は生きていけるのだろうか」という疑問とその回答についてだ。


聞いたことはないのだが、おそらく奴は生きていけなかったと思う。

 

辛いこと、思わず泣いてしまったことなどがあれば私に連絡をしてきたメンタルよわよわ男だ。

「今までありがとう」と口にはするだろうし、連絡も絶つであろうなとは思うがそのあとどうするのだろうかと心配する気持ちが強かった。

 

とはいえこれも、奴から離れないでいる言い訳に過ぎなかったかもしれないなと今なら思う。


そういう意味ではジュンタロウも都合よく私を使って離れない言い訳にしてくれたなと解釈できるし、イーブンだからまあいいかとフワっと扱うことができる記憶となった。

 

話しは戻って、社会見学である。

 

博物館では、アイスを買ったらそこの係員の方に「カレと二人で食べなよ」と言われておまけしてもらったり、カップルでやるとおもろそうだよねというアクティビティを冷かしてみたり、初めてツーショットを撮ったり……というかんじで、私が勝手にドキッとするようなイベントが多かった。

 

間接キスみたいなのもこのあたりから解禁しまくった。

 

なんだったんだろうなあ~と思いつつ、私の家に帰った後は私が飼う猫と遊びつつ晩御飯にカレーを食べに行き、少しだけ私の家の周りを散歩した。


私の住む場所はいちおうは大都会の類だから、歩くだけでいろいろとある。


都会の少しもの悲しい情緒みたいなものや、煌びやかな大通りの陰にある裏道、そこにひっそり佇む老舗の料亭…といったかんじのものをいろいろと見て周ることができた。


奴に散歩習慣はおそらくないのだが、私たちはよく歩いていろんな場所に出掛けているように思う。

 

10年ほど会わなかった穴埋めのようなことをしているのだろうか。


こういうところにエモさを感じるのは、今はわかっているのだが同じ感性だったからこの時点でそのすり合わせをしていた自分かなりナイスである。


家に帰ったあとは普通に別々で風呂に入り、別々の寝床で寝て、翌朝は朝に弱いジュンタロウの起床を待ちつつ、ショッピングセンターに行って二日目を終えた。


初日が刺激だらけだったから、二日目は低刺激でよかったと感じている。
このあたりで「ジュンタロウの奴、体力ないな」と私も気付き始めたからこれ以降はその手の気遣いもできるようになった。


こうしてお互いを知っていくんだなあとふわふわと考えていたが、ここにきて「ジュンタロウの方が多くこちらに来ている」と気付いた私はこれ幸いと次の作戦に出た。

 

 

「同じ数だけ遊びに行く」という作戦である。

 


ということで社会見学の次は奴の家に遊びに行った。


トラウマやらなんやらでいっぱいのあの家である。

 

案の定、私は使い物にならなかったのだがまたそれについてはそのうち書いていこうと思う。

今もある羨ましさ

前の日記にある「ジュンタロウの家、初訪問」から、ジュンタロウの「え、これ脈?なに?」という言動が増えたように思う。

 

当時のLINE内容はそういう「付き合うかそうならないかという男女特有のイチャイチャ」みたいなのがほほえましいのだが、同時にジュンタロウの離婚調停の話が顔を覗かせる。

だから読み返したいのにできない。

 

ジュンタロウの前妻への嫉妬が取れない…というようなことはずっと書いているのだが、この根底にある私の感情は嫉妬というより羨ましさである。

 

私の20代というのは本当に呪われた期間だったと思うし、私はジュンタロウの前妻と同じ精神疾患を患った経験があるのだがこれについても守ってくれる人や味方はおらず、とにかくひとりで駆け抜けたように思う。

 


このときに寄り添ってくれる相手がいて、しかもジュンタロウだったんだなと思うと羨ましくてしょうがない。

 


通勤費の捻出もできず、暗い街中を一人でとぼとぼ歩いて帰っていたあの夜


とんでもなくおそろしい取引先に相対し、

心無い言葉を真に受けてベンチで泣いていたあの氷点下

 

世間が大晦日スタイルで祝い、楽しんでいた中

「自分の未来はどうなるんだろう」と頭を抱えた新年号発表の夜

 

唯一の親友が結婚を決め「人のもの」になっていったあの複雑な期間


誰かに一緒にいてほしかったし守ってほしかったこれら期間、ジュンタロウを独り占めできた女性がいたのだと思うと本当に羨ましい。

 

あの頃の自分について考えるととにかく惨めだし、なんであんな悲しい想いをしていたのだろうかと疑問しかない。
私の人生、なんだったんだと悲しい気持ちになる。


とはいえだ。
同じくらい楽しいこともあった。

 

海外で一人旅をしたり、スーツを着て全国各地へ出張に飛ぶというような世界を股にかける経験、都会に家を買って都会暮らしを楽しむこの経験…これらはジュンタロウと結ばれていたら実現していなかった私の人生の一幕なのだ。


私自身のステータスは「底辺」のそれに近く、学歴フィルターには間違いなくひっかかるし、仕事も上手くいったとは思えない。


なのに、はたから見る今の私はおそらく「人生を謳歌する人」だろうし「賢そうな人」「デキる人」にカテゴライズされていると思う。

 

守ってくれる人がいなかったからこそ、私は自分自身を徹底的に鍛えることができた。

次の世代に同じ想いはさせないという覚悟のもとで働く気概も身に着いた。

 


憧れた大人の姿そのものだ。

 


今のジュンタロウも、今の私については「カッコイイ」と評してくれている。
だからこれでいいんだと、なんとか自分を納得させている日々である。

 

 


……という、この納得がない頃の自分の心は冗談抜きで地獄の底であった。

 

 


脈ありっぽいことを言ってくれる
質問をたくさんしてくれる
あれがしたいこれがしたいと伝えてくれる…
なにかあれば常に「一緒に」という言葉がセット


好きという感情が伝わってくるのに決定打がない。
これがあまりに辛すぎて、私は新しい恋をしようとマッチングアプリを同時に使用していた。
ジュンタロウと上手くいかなくてもこっちで心の平穏を得ようと考えていたのだ。完全に保険である。
すると意外にも、6歳くらい下の男性とのやり取りがあったりするものだから絶妙な自己肯定感の保ち方ができていたように思う。

 


おまえ、早くなんとかしないと、私は別の誰かのものになってしまうぞ。

 


そういった心の中の脅迫は常に行っていたからこそ、ジュンタロウに対してかなり安定した対応ができていたのだと思う。


それがジュンタロウにとっての「安心感」となったのなら作戦通りというやつだ。

前妻が奴に与えられなかったものだからだ。

 


とはいえこのときの私は趣味がなくなり、家に帰るとつねに恋愛系ユーチューバーのオンライン恋愛講座ばかり見ていた。

 

とにもかくにも必死だった。


そんな中で「電話しよ~」「遊び行く~」と軽々しく言ってくるものだから腹が立……たなかった。ひたすら疲れた。惚れた弱みというものだと思う。

 


というかんじのことをしていたら、ついにジュンタロウが家に来る日がやってきた。
県内の博物館に行く約束をしていたのだが、奴はなんと始発でやってきた。

 


私に対して時間とコストをかけるようになったな…と感じたのはこのあたりからだ。


接触から2か月、再会から1か月。
今思えばまあまあハイスピードだ。


婚活でいうセオリーの「3か月で告白」というあれについては叶わず結局倍かかるのだがちょうど3か月目で明確な出来事も起きているので、やっぱり恋愛テクニックとかセオリーといったものは存在するのだなと強く感じている。


博物館とそのあとのカレー屋、翌日のショッピングモール散歩についてはまた後で書こうと思う。

地獄のはじまり

「限界オタク」が「年下溺愛彼氏に夢中なアラフォー」になって一か月が経とうとしている。
我ながらものすごい変化である。


少なくとも去年の今頃はこうなるだなんてまったく予想していなかったし、そもそもジュンタロウは「過去好きだった男」でしかなかった。
人生、何が起こるかわからないなあとしみじみ感じる。

 


こんな意味不明なオタク人材をジュンタロウがなぜ気に入ってくれたのは本気で謎だ。

 


しかし「ん?脈か?」と感じるイベントはちょこちょこあったな…と、去年の秋ごろを振り返ると正直思う。
都度で自己防衛から「いやいや勘違いしたらだめだ」と自分に言い聞かせていただけである。


そのイベントがいつだったかというと、一番最初に再会&サッカーを観たあのタイミング周辺である。


そう、再会してからわりと早い段階だ。

 


10年以上振りに再会してサッカー観戦をした翌週、私はたまたまジュンタロウの街に泊まりで出張で来ていたのだが、それをジュンタロウに伝えると「晩御飯でもどう」と誘ってくれたのだ。
そのとき男女の空気感は……なかったと思う。

 


地元の人が愛するという食堂に連れて行ってもらったのだが、ハヤシライスについてきた福神漬けに大喜びしたらそれに対してジュンタロウが大ウケしていたということが非常に印象深い。

これについては未だにジュンタロウがネタにしてくるので、よっぽどだったのだと思う。


ごく普通のノリで晩御飯を食べた後は「大量に梨があるから」とかいう、よくわからない理由でジュンタロウの家にお呼ばれした。


「いいよ、どうせホテル帰るだけで暇だし」と二つ返事で了承したものの、正直に言えば気が気でなかった。


だってその月の初旬まで前妻がいた家である。

※ジュンタロウは前妻が家を出るまで2か月近く実家に避難していたらしいが

 


いつ前妻が急に訪れてきてもおかしくない
家の中で前妻の気配がどう目に飛び込んでくるんだろうか
もし見つけたらそのとき自分がどうなるのか

 


まったくわからない。
とにかくひたすらに緊張していたように思う。

 


実際に着いてみると、築浅の美しい家があったのだが中は散らかり放題であったため私の心配は若干飛んだ。


私の記憶の中にあるジュンタロウの家(実家)は物が多く、整然とはしているが雑然とした……そんな「日本によくある一般家庭」の姿だったから、散らかっている状態にはあまり驚かなかった。


「よくここに友人を呼んだな」という驚きがまずナチュラルに浮かんで、そして一瞬で消えた。
謎の納得があったし、そのうえで少し「いいぞ、いいぞ」とほくそ笑むこともあったのだ。


奴は私に素を見せている。
心が安らぐ相手だと思っている。
これは私にとって、腹黒い考え方であるが都合がよかったのだ。


今だからこそ言えるが、再会して「やっぱかっこいいな」と感じた私はジュンタロウと「良い仲」になりたくてそれなりに頑張った。


再会した2023年9月から、告白された2024年4月までずっとである。

 

我ながら気が長いなと思う。

しかしそのくらい必死であった。告白された日に寝込む程度には必死であった。


ここ10年で何度か男性との交際はあったし正直に言うと私はモテたのだが、「心から好き」と思える相手はいなかったように思う。
彼らは愛情深く私を想ってくれていたし、みんなルックスも年収も悪くなかった。


しかしやはり、基準としてジュンタロウがいたのだ。
この年月を超えた再会に縁を感じないわけにはいかず、私は燃え上がっていたように思う。


その男が今、私の近くにいて根城にまで招き入れたのだ。
逃がしたくないという想いはとにかく強かった。


このときも、特に何も気にしないていで「素敵な家じゃん」と言っていたが、とにかく聞かされるまでは前妻について触れずに「私と楽しく時を過ごすこと」に集中した。


それが功を奏したのかなんなのかはわからないが、テレビも付けずジュンタロウとはひたすら喋りまくったように思う。

 

正直、何を話したのかはさっぱり覚えていないのだがダラダラと喋って梨を食べて、気付いたら夜中の1時頃であった。

 

 

「時間があっという間だ」

 


この言葉をジュンタロウは幾度となく繰り返すことになるのだが、このときが初だったように思う。


一緒にいてストレスが一切なく、時間を忘れる相手。

私は自分がそうであるよう願っていたわけだが、ここは作戦抜きで「何もしなくてもそうなった」という状態であった。

 


やっぱり好きだなあ~と思う程度に、ジュンタロウとの時間は穏やかであった。
宿泊先のホテルまで送ってもらい、このときはそれで解散となった。

 

 

「ん?脈か?」のポイントはこのあたりからだ。

翌日、仕事を終えて自分の街に帰る新幹線の中で「来月猫に会いに遊びに行く」と連絡があったのだ。

「え、来てくれるの」と思わず返したのだが奴は本気らしく、この流れに「え、なんで?……ん?(私について何か考えが変わった?)」と意識せざるを得なくなったのだ。

 


ナイスな夜を過ごしたなあと、この流れに疑問を抱きつつも内心でガッツポーズをしながら帰路についたものだった。

 

 

……というそんな中で「それはどうなんだよ」と驚いたことがあった。


時は少し戻り、ジュンタロウの家での出来事である。

 

10年以上前の友達時代、私がジュンタロウに送った手紙やお土産の送り状といったものが「俺、モノを捨てられなくてさ」という言葉とともにクローゼットから出てきたのだ。


確かにかつての私は送ったが、それは奴が当時住んでいた実家宛てだ。
この家に送った記憶は一切ない。

 

まさか…わざわざ実家から持ち出してこの家でそれらを保管していたというのだろうか

…と、いまだに疑問を抱いている。

 

前妻が「彼女」であったであろう頃、ジュンタロウはLINEがそっけないときとそうでないときのギャップがあった。
おそらく、LINE打っているその同じ空間に彼女がいるときといないときの差であろうなと思う。これは当時の私も感じていた。


おいおい大丈夫かこいつは…と当時少し心配したが、結婚報告とともにこれが一切なくなったため「既婚者モードに切り替えたんだな」と勝手に納得していた。


「家を建てるから遊びに来てくれ」と言われて、完成報告を律儀に待っていたのだがそれもなかったから「ああ、奥さんが嫉妬深いんだな」と思い、これ以降ジュンタロウが「過去の男友達」にシフトチェンジしたし私からも連絡しなかった。


とはいえだ、いろいろと重複期間がある。


最初の連絡で「結婚後は異性とやりとりはしなかった」と言っていたが、交際時代に限れば私と連絡を取っていたし、私からの遺物(?)を大事に保管していたのは結婚後も変わらずということになる。


なんだそれは…私はお前のなんなんだ……いや、家に招くための住所の控えのためだろうよとは思うけど……


というこのモヤモヤはおそらくずっと持ちっぱなしであろうなと今でも思う。
そこまで私のことを忘れられなかったのかよと、嬉しくも悔しい気持ちが否定できない。


前妻に対しては嫉妬が未だ否定できないが、こういう意味で爪痕を残していたという事実には少しだけほろ苦い感慨がある。


これが、今もたまに思い出しては「なんなんだあれ」と首をかしげるジュンタロウミステリーである。

 


こんな出来事があったのが去年の秋口なのだが、これ以降日が重なるにつれジュンタロウの言動や行動が若干変化していく。

 

私が家にお邪魔した翌々日出発したという同僚との傷心旅行の報告は都度で入ったし、写真も送り付けてきた。


さらには

「ミソノの家がキレイすぎた、触発されて掃除が習慣になってきた」
「脱衣所やトイレのマットを変えた」
「ミソノがスリッパユーザーだから買っておいた」

等々、奴が家のマイナーチェンジの報告を繰り返しまくるようになっていったのだ。


LINEに関しては毎日で話題はおはようから寝落ちまで、前妻の愚痴からなれそめネタまで……天国と地獄を行ったり来たりだ。


脈なのか独り言なのか気晴らしなのか、区別がまったくつかず「なんなんだよあいつ」と、オタクが頭を抱える半年はこうして始まった。