いい加減、忘れてしまいそうになっているのであの日のことを書きたいと思う。
10年ぶりに対面で会い、翌日まで遊びまくった日のことだ。
ジュンタロウは今でこそ「一秒でも長く一緒にいるため」とか言って重課金の特急を使い会いに来るが、一番最初は「コスパ重視」と高速バスであった。
ただでさえ離婚騒ぎで金がない男だし「まあそうだろうよ」と思っていたのだが、あれから半年でものすごい変化があったなあと改めて思う。
というか脈なし時代から、私に対してはあまりコストをかけない男だったし「二人きりにならない」という点をかなり重視していたように思う。
だから「遊びに来ることは決まったけど一体どうしたもんかな」と迷いはしたが、そこは四十路の余裕もあって準備は淡々としていたし
①8月下旬に「俺のこと覚えてますか」の連絡
②9月下旬にサッカーの試合があるが同行者がいないから来る?と聞いたら二つ返事で来ることに
③2の当日までひたすら雑談(奴からの連絡はほぼ敬語)
というこの流れの間に恋愛的な要素は一切なかった。
あまりに自分がドライだったから私自身も「私、ほんとにこいつに惚れてたんだっけ?」と謎に冷めていた。
当日、そんなザックリとしたテンションで高速バスの停留所に奴を迎えに行った。
幸運にも天気は快晴の見事な秋晴れ、幸先がいい。
このときの緊張は恋愛のドキドキでは断じてなく
「どんなテンションで会えばいいんだろ?」
という、久々の友人に会うときのそれに近かったと思う。
今〇〇っていうインター通った
あ、〇〇が見える
この辺変わったな~
といった実況が奴から続々届きながらジュンタロウが物理的に近づいてくるのを感じつつ、結局私が停留所を間違えたため既にバスを降りている奴のもとに向かう形で再会した。
ミソノ:変わってないねー!!!!(大笑い)
ジュンタロウ:はは
こんな感じであったと思う。
奴が立っている姿が遠くに見えたとき、最後に見た20代の面影を持つ彼がそのまま立っていたように感じた。
聞いた話では10kgほど太ったということだったが、まったくそうは見えなかった。
※最近は10kgの違いがわかるようになった。
※ちなみに私自身も双極性障害と不眠症のあれそれで10年前と比べ15kg太っていた。
相変わらずカワイイ顔をしているなあと思ったし、服のセンスも悪くない。
スマートな印象で「あ~やっぱり好みだわ…」と感じる雰囲気であった。
奴のトレードマークは「眼鏡」なのだが、これのせいで某お祭り芸人を見ると奴を思い出すくらいに印象深い。
それすら健在で、なんだか嬉しかったような記憶がある。
とはいえ、このとき「早く私の家に荷物を置いてスタジアムまで再出発しなきゃだからとにかく急ぐよ」と追い立ててしまったので情緒的なものは秒で終わった。
私の家に荷物を置き、ユニフォームを着せ、地下鉄に乗り……というこの一連の流れの間、奴は「微笑み」以上の笑いがほぼなかったように思う。
あったとしても記憶がない。あの日の写真のどれを見返しても、奴の顔はかなり疲れている。背筋も丸まっていて、なんとなく肩を落としている。
離婚の爪痕はやはり厄介だなあ…と感じたが、奴からその話題が出ない限り私は触れなかった。
気晴らしに来ているのにわざわざ掘り起こすのもおかしいと感じたのだ。
こんな感じだったためか、このあとから数か月にわたりずっと
「自分がいても根本的な解決にはなれない」
「話を聞かせてもらえもしない」
「自分の存在は気晴らしでしかない疑惑」
というルートに突入していくのだが、今思えば「ミソノの役割はそこだった」というだけでしかなかったと思う。
焦ったり凹んだりして損したなと今なら思えるが、あの日はガラス細工のような三十路男を引きずり回すことや現実を忘れさせることにかなり神経を使った気がする。
現状の生活でなんのダメージも負っておらずキャリアを築き、日々を謳歌しているように見えるであろう私自身の気持ちは、あの日の時点では二の次にした。
ということでスタジアムに行ったのだが、いわゆるスタグル(屋台で買い食いする食品)だったりスタジアムに続く道を埋め尽くすサポーターだったりスタジアムの大きさだったり…といったものを目の当たりにするたび、ジュンタロウは生気を取り戻していった。
特に、ゲートを潜ってフィールドを初めて目にする瞬間の動画は未だたまに見返す宝物になっている。
オタクならわかっていただけると思うが「初見さんの反応」からしか得られない栄養があるのだ。
「スポーツのスタジアムって初めて入る?実況動画残しときなよ、絶対おもろいよ」
この一言を言えた自分、ナイスである。
ジュンタロウはスマホのカメラを動画モードにして、撮影しながらゲートを潜ってフィールドが見える位置に入っていった。
季節は秋の入り口、真っ青な空と芝生の美しい緑が映えていた。
場内ミュージックも偶然、非常に壮大なものになっていた。
そこに残されているジュンタロウの音声はこうだ。
「おおお……おおおお……でかい………はは!!!すごいね!!!」
この声は十年前とまったく変わらない、あのときのままだった。
胸が熱くなった。
そのまま席につき、サッカーというエンタメそのものはかなり楽しんだように思う。
試合が始まる前はスタジアム内の散歩をしたりスタグルの食べ歩きをしたり、はたから見ればデートなのかただのサポーター仲間なのか、かなり曖昧な距離感を保ちつつも遊びまくった。
試合そのものは引き分けだったのだが、ジュンタロウ曰く「カルチャーショックすぎる」とニコニコとしていた。
私の家に帰る電車の中、「最近寝つきが悪い」と言っていたのは嘘だろと言いたくなるくらい奴は寝コケた。
よりかかってきたときに汗が気になったが放置した。
肩の上に奴の頭の重さを感じながら、私は役に立てたのか、奴が抱える辛さを緩和することができたのか、良い想いをしてもらうことはできたのか……ひたすら反芻した。
家についてからのことは、正直に言うとよく覚えていない。
ナイトゲームだったから夜も遅かったし、私自身も疲れていたのだ。
ただ、写真を見るとこのときから奴の笑顔が増えているのがわかった。
私が飼う猫と遊んでくれている姿、私がすすめた漫画を読む姿、読んでいるのを猫に邪魔されて浮かべる笑顔。
この日、私はまたサッカーが好きになった。
同じくらい、会ったこともなければ顔も知らないジュンタロウの前妻に若干の怒りが沸いた。
喧嘩の話を聞く際「片方からしか話を聞いてない」と言う理由であまり自分の感情は抱かない癖がついているのだが、なんとなくそれができなくなった。
この感情に封をするように、その日の夜はジュンタロウにベッドを譲って私はソファで寝た。
そのころ私は不眠症が続いており、なぜかソファでしか寝られなくなった夏だったのだ。
あの頃は私自身も相当ヤバかったなあと他人事のように思う。
しかし、今残るあの夏の思い出は「サッカーとジュンタロウ」だ。
結果オーライにしておく。