今もある羨ましさ
前の日記にある「ジュンタロウの家、初訪問」から、ジュンタロウの「え、これ脈?なに?」という言動が増えたように思う。
当時のLINE内容はそういう「付き合うかそうならないかという男女特有のイチャイチャ」みたいなのがほほえましいのだが、同時にジュンタロウの離婚調停の話が顔を覗かせる。
だから読み返したいのにできない。
ジュンタロウの前妻への嫉妬が取れない…というようなことはずっと書いているのだが、この根底にある私の感情は嫉妬というより羨ましさである。
私の20代というのは本当に呪われた期間だったと思うし、私はジュンタロウの前妻と同じ精神疾患を患った経験があるのだがこれについても守ってくれる人や味方はおらず、とにかくひとりで駆け抜けたように思う。
このときに寄り添ってくれる相手がいて、しかもジュンタロウだったんだなと思うと羨ましくてしょうがない。
通勤費の捻出もできず、暗い街中を一人でとぼとぼ歩いて帰っていたあの夜
とんでもなくおそろしい取引先に相対し、
心無い言葉を真に受けてベンチで泣いていたあの氷点下
世間が大晦日スタイルで祝い、楽しんでいた中
「自分の未来はどうなるんだろう」と頭を抱えた新年号発表の夜
唯一の親友が結婚を決め「人のもの」になっていったあの複雑な期間
誰かに一緒にいてほしかったし守ってほしかったこれら期間、ジュンタロウを独り占めできた女性がいたのだと思うと本当に羨ましい。
あの頃の自分について考えるととにかく惨めだし、なんであんな悲しい想いをしていたのだろうかと疑問しかない。
私の人生、なんだったんだと悲しい気持ちになる。
とはいえだ。
同じくらい楽しいこともあった。
海外で一人旅をしたり、スーツを着て全国各地へ出張に飛ぶというような世界を股にかける経験、都会に家を買って都会暮らしを楽しむこの経験…これらはジュンタロウと結ばれていたら実現していなかった私の人生の一幕なのだ。
私自身のステータスは「底辺」のそれに近く、学歴フィルターには間違いなくひっかかるし、仕事も上手くいったとは思えない。
なのに、はたから見る今の私はおそらく「人生を謳歌する人」だろうし「賢そうな人」「デキる人」にカテゴライズされていると思う。
守ってくれる人がいなかったからこそ、私は自分自身を徹底的に鍛えることができた。
次の世代に同じ想いはさせないという覚悟のもとで働く気概も身に着いた。
憧れた大人の姿そのものだ。
今のジュンタロウも、今の私については「カッコイイ」と評してくれている。
だからこれでいいんだと、なんとか自分を納得させている日々である。
……という、この納得がない頃の自分の心は冗談抜きで地獄の底であった。
脈ありっぽいことを言ってくれる
質問をたくさんしてくれる
あれがしたいこれがしたいと伝えてくれる…
なにかあれば常に「一緒に」という言葉がセット
好きという感情が伝わってくるのに決定打がない。
これがあまりに辛すぎて、私は新しい恋をしようとマッチングアプリを同時に使用していた。
ジュンタロウと上手くいかなくてもこっちで心の平穏を得ようと考えていたのだ。完全に保険である。
すると意外にも、6歳くらい下の男性とのやり取りがあったりするものだから絶妙な自己肯定感の保ち方ができていたように思う。
おまえ、早くなんとかしないと、私は別の誰かのものになってしまうぞ。
そういった心の中の脅迫は常に行っていたからこそ、ジュンタロウに対してかなり安定した対応ができていたのだと思う。
それがジュンタロウにとっての「安心感」となったのなら作戦通りというやつだ。
前妻が奴に与えられなかったものだからだ。
とはいえこのときの私は趣味がなくなり、家に帰るとつねに恋愛系ユーチューバーのオンライン恋愛講座ばかり見ていた。
とにもかくにも必死だった。
そんな中で「電話しよ~」「遊び行く~」と軽々しく言ってくるものだから腹が立……たなかった。ひたすら疲れた。惚れた弱みというものだと思う。
というかんじのことをしていたら、ついにジュンタロウが家に来る日がやってきた。
県内の博物館に行く約束をしていたのだが、奴はなんと始発でやってきた。
私に対して時間とコストをかけるようになったな…と感じたのはこのあたりからだ。
初接触から2か月、再会から1か月。
今思えばまあまあハイスピードだ。
婚活でいうセオリーの「3か月で告白」というあれについては叶わず結局倍かかるのだがちょうど3か月目で明確な出来事も起きているので、やっぱり恋愛テクニックとかセオリーといったものは存在するのだなと強く感じている。
博物館とそのあとのカレー屋、翌日のショッピングモール散歩についてはまた後で書こうと思う。